昼下がり、打ち合わせまでの時間調節の為、少しばかり街を歩くことする。
曇り空だが、ブラブラ歩くのには涼しくてちょうどいい。小径を通り抜けると疎水にかかる短い橋に出た。左側には煉瓦造りの小さな発電所が見えるが、たぶんそれが発電所だって事をみんな知らないんじゃ無いかと思うくらいに小さい。もうゴッホのアルルのはね橋くらいの小ささだ。いや、バランスからするともっと小さいかも。
橋を3分の2くらいまで歩くと、目の前の足元に大きなトンボが頭をこちら側に向けてじっといる。石造りの橋の上に黒と黄色の縞模様がとても目立つ。オニヤンマだ! 車なんて通らない橋なので、しゃがんで近づいてじっくり見たが飛ぶ気配がない。死んでる? ちょこっと羽根を触ってみる事にした。もちろん恐る恐る・・・ 何てたって相手はあのオニヤンマだ! 小さい頃お寺の参道を優雅に行ったり来たり飛ぶ姿が、いまだに目に焼き付いて離れない。余程の事がない限り子供が手にする事は不可能なトンボの王様だった。
羽根に触れた・・・ でも生きている。エメラルドグリーンの眼が少し動いた。
飛べないの? おとなしそうなので調子に乗って人差し指を足の前に置いて軽く突いてみた、生きてるよな?
次の瞬間、なななんと、ののの乗ってきた!!! なんで〜っ? 恐いのと可愛いのとの両方でゾクッとした。あり得ない出来事。野生のオニヤンマが(養殖いないよな・・・)人差し指に乗る・・・と言うか厳密に言うと軽く指を掴むだな。でもあり得ない! マジで驚いた!
もう、カニとじゃんけんしてグーを出したのに負けたと同じくらい驚いた。
でも次の瞬間フワッとこちらに向かって飛んだので、目で追って振り返ると2メートル程前に飛んで橋の中央の地面にとまった。と同時に左折して橋に入って来る水道局の車が視界に。 そのままだと轢かれる、でもど真中だし動かなければ車が上を通過する。心配なのは前輪が上を通り過ぎた時、驚いて飛び上がったら頭を車の底に・・・ 一瞬車を止めようと思ったりもしたが躊躇した。
もし、止めていたら、「トンボが」って言ったのだろうか・・・
車内に男性を4人も乗せたバンが、低速で前を通り過ぎる。不思議そうな顔でニュートラルグレーの服を着た運転手が、こちらをチラッと見たのがわかった。
車が通り過ぎた瞬間、
オニヤンマが飛んだ! 勢い良く石の低い欄干を越えて下にある川辺りの緑の中に消え去った。飛べるじゃん・・・ それもあんなに元気に・・・
さっきは何をしていたんだ?危ない奴だ!
でも、通り過ぎるまで良く我慢したな、お前偉いぞ!
ちょっと無茶な奴だけど。
その後はトンボの飛んだ方向の道を歩く事にした。しばらくしたら店の前をウロウロする帽子の老人が目に入る。そこには古書らしき物がたくさん積み上げてあった。通り過ぎたのに又戻ってしまった。そして、魅入られたように店内に吸い込まれて行く。中には怪しい本が陳列されていた。兵隊・画家・幻想・美術・歴史・船・戦前の匂いの漂うイラスト・・・ 本で埋め尽くされた狭い通路を三周ほどまわった。奥にはテーブル越しにこちらを向いて座る若い女性。少し違和感が。聞きたい事は山ほどあったのに・・・声をかけない自分が居る。
時が動いていないような店の不思議な空気に飲まれてしまった。
数分前は、あれほどトンボとかかわり合ったのに・・・
この感覚はなんなのか?
それによく考えたら、あのトンボのおかげでたどり着いた店なのに。
おかしなところだ、そう言えばもう少し行くとあの
不思議な雑貨屋にたどり着くな!
ここは・・・そういう・・・場所なのかも。
それから数分後、
何事もなかったように人と車の行き交う大きな道路を歩いていた。
もうすっかりそこは、いつもの日常。
メディーック
実はこの後しばらく歩いたところで、古めかしい喫茶店も発見した。
色あせた看板には、さっきの古書店にあった
戦前よく使われていたようなカタカナ書体で
「ロルソ」と書かれていた。
「ロルソ」・・・
幸か不幸か偶然にも店は休みだった。
そこもまた時が止められたような喫茶店
もし、開いていて、中に入ったら
もう現実には戻って来る事の出来ない空間が・・・
そこにあったのかも・・・
入ってみる勇気あるかな?